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福井地方裁判所 昭和30年(タ)2号 判決

主文

原告と被告とを離婚する。

原、被告間の子「克巳」の親権者を原告とする。

被告は原告に対し金五〇、〇〇〇円を支払わなければならない。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

公文書であるが故に真正に成立したものと認められる甲第一号証(戸籍謄本)の記載によると、原、被告は昭和二六年一〇月二五日婚姻の届出を為し、現に夫婦の身分関係にあることが明かである。

先づ第一に離婚原因の有無について考察する。刑事事件における鑑定書であつてその内容の記載が真正に成立したものと認められる甲第二号証、乙第一号証、公文書であるが故に真正に成立したものと認められる乙第二号証(県立病院長回答)の各記載に証人高島七太郎、同井川与市(一部)、同西村シズコ、同吉岡秀直の各証言に原告本人尋問(第一、二回)の結果を綜合すると、原、被告が昭和二五年一〇月より事実上の夫婦として同棲し、その後一年位してから被告において原告に金銭のことで口喧しくなつたが原告と共稼ぎをして(原告は被告と同棲以前より福井精練加工株式会社に勤務し昭和二七年四月二〇日に嫉妬深い被告の希望により退社した)家庭生活を営み、昭和二八年一月二七日長男の克巳が出生した。それから被告が肺結核病に罹病し同年一〇月北潟療養所に入所していたところ、原告が被告の寝台の下へ敷く板を持参しないとかで昭和二九年四月九日夜突然帰宅し垂木棒で矢庭に原告の頭部を殴打して傷害を与えた上「殺すつもりで来たが、命が助かつただけ喜べ」と言う意味のことを放言したこと、そのため原告がようやく逃出して翌日医師の手当(三針縫合せた)を受け原告の姉の婚家から約二週間通院して治療した後原告の父より被告の父の承諾を得てそれより原告の実家に居住していること、ところが被告が原告と被告の父井川二郎との間に情交関係があると邪推したことに因り同年五月五日二郎を殺害したこと、そうして被告が起訴せられ福井地方裁判所において審理を受け二回に亘る精神鑑定が行われその結果犯行当時心神喪失者であるとして無罪の判決を受けその裁判が確定したこと(被告の精神は裁判当時には犯行当時に比して軽症になつていた)、そのため被告が精神衛生法に基き昭和三〇年一〇月一日福井県立精神病院に強制的に入院せしめられたこと、その後被告が同病院で治療を受け昭和三一年春には嫉妬妄想が非常に軽減したが、未だ精神衛生医師の認定を受け退院できる見込が立つていないことを認めるに足りる。右認定に反する証人井川与市の証言部分は前示証拠に照して信用し難い。而して右認定の事実に原告本人尋問(第一、二回)の結果を綜合すると、被告が原告を殴打し傷害を与えたのは唯一回に過ぎないが、その際の言動とその後の尊属殺人を考え合せて原告としては生命に非常な危険を感じたことを推知するに充分である。原告が将来被告の退院後被告と家庭生活を営むにはあまりにも原告の恐怖が大であり、被告と安んじて同居することを一婦人である原告に期待することは到底できないことであろう。被告本人尋問の結果により明かであるように被告としては将来原告との家庭生活を希望しているが、原、被告の家庭生活は破綻に頻していると見る外はない。

被告は被告が原告を殴打したときは心神耗弱の状態にあつたので責任がない旨主張するが、被告にこの点に関し責任が無いか又はその責任を軽減せらるべきであつたとしても原告が蒙つた極度の恐怖には何等の影響がなく、民法第七七〇条第一項第五号の婚姻を継続し難い重大な事由があるときに離婚原因とするこの規定は、当事者の一方に責任のある場合にこの事由ありとして離婚原因になると言ういわゆる有責主義制裁主義によるのではなく、夫婦の婚姻関係が破綻に頻し婚姻目的達成の期待がもてない場合にこの事由ありとして離婚させることができるいわゆる破綻主義目的主義の離婚原因の規定と解するのが相当である。従つて被告の右主張は採用し難い。

原告主張の民法第七七〇条第一項第四号の配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込がないときに該当するかについてはこれを認めるに足る証拠がないが、右に説明したところにより原、被告間の婚姻関係は破綻しているのであるから同条第一項第五項の婚姻を継続し難い重大なる事由があるときに該当する。よつて原告の被告に対する離婚の請求は理由があるものと言わなければならない。

第二に親権者の指定について考察する。原、被告間の子克巳は前示のように原告が実家に帰つてからも原告に伴われて実家で養育されていたが、昭和三〇年一二月より被告の姉西村シズコ方に引取られ将来養子とするつもりで同女の愛情により幸福に養育されており、原告においても同児を西村シズコの養子とすることを希望していること証人井川与市(一部)、同西村シズコの各証言並に原告本人第二回尋問の結果により認められるが、原、被告の離婚に当り精神病院で治療を受けていて近く退院の見込のない被告を親権者と指定することができないので、原告を同児の親権者と指定するの外はない。よつて民法第八一九条第二項に基き克巳の親権者を原告とする。

第三に財産分与の請求について考察する。財産分与は夫婦が離婚するに当つて夫婦間の財産の精算を意味するのである。而も前示のとおり原、被告は共稼ぎの夫婦であつたから婚姻して後増加した財産を離婚の際に被告より原告に分与すべきである。

被告は原告の右請求が被告に対し有責を理由とするので不当である旨主張するが、財産分与は慰藉料と異り夫婦の一方が離婚原因につき有責であることを必要としないのであるから、右主張は採用に値しない。

そこで数額について調べてみるに、証人高島七太郎、同井川与市(一部)、同西村シズコの各証言並に原告本人(第一、二回)、被告本人(一部)各尋問の結果に当事者弁論の全趣旨を綜合すると、原、被告の婚姻当時被告には金四〇、〇〇〇円程度の預金があつたこと、その当時被告が大工職をして金四、〇〇〇円乃至九、〇〇〇円の月収があり、原告が福井精練加工株式会社に勤務していた月収が金四、〇〇〇円乃至五、〇〇〇円(昭和二七年三月退職の際退職金四〇、〇〇〇円、その後六カ月間失業保険金毎月金三、八〇〇円を受く)であつたこと、被告が昭和二七年一〇月より大洋染色株式会社に勤務して月収五、〇〇〇円乃至一〇、〇〇〇円であり(前示療養所入所まで)、原告が内職で月収金一、五〇〇円乃至二、〇〇〇円(その後前示被告に殴打される日まで大和紡績株式会社に勤務し月収金三、五〇〇円程度であつた)であつたこと、これらの収入は生活費に充てられた残額が貯蓄されたこと、そうして原告が実家に帰る頃には被告名義の資産が約金二〇〇、〇〇〇円となつていたこと、被告の入所並に入院費用が健康保険組合より支払われ、刑事事件の費用を含め兄から多少の出費が為されたが、被告名義の預金を兄に預けてあること、原告が実家に帰つて後被告より生活費の支給を受けることなく織工として工場に勤務していること、なお原、被告が事実上の夫婦となつてより約一年の間毎月精米一斗五升が原告の実家より提供せられ被告において一部分の代金が支払われていること等を認めるに足りる。右認定に反する証人井川与市の証言部分並に被告本人尋問の結果は前示証拠に照して信用し難い。その他本件口頭弁論に顕れた一切の事情を斟酌して被告の分与すべき財産を金五〇、〇〇〇円が妥当であるとする。(分与の時期は本裁判確定のときである。)されば被告は原告に対し金五〇、〇〇〇円の支払義務あるものと言うべきである。

よつて原告の本訴請求を右各認定の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し、民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 市原忠厚)

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